114回 得する「コツ」

★「じゃまをしない」ということ★

大命題からはじめます。企業の存続を可能なさしめるのは何か、また業績を左右するのは何か、それはただ一つであって本来の意味での「仕事」を実践できているかです。市場(顧客)が求めるそのような「仕事」を行えているかに尽きます。

そうしたら「仕事」とは何かということになりますが、それは日々新たな「現在」において「顧客」が対価を支払う価値ありとする「効用」を生産的にかつ継続して造り、知らせ、提供することです。ところでその「仕事」なのですが、一昔前まではその「形体」を学ぶ(模倣)だけでも「生業(なりわい)」は成り立って、一定以上の業績の獲得も容易でないにしても可能でした。

それが今ではその様相は一変して、一番以外のものまた差別化されていないものなどは顧客に受け入れてもらえず、模倣だけではもはや事業はなり難く破綻することも日常的に起こっています。<対策は、>“変化”のなかにあり先入観にとらわれず原理原則を確認してかつ知恵を駆使して柔軟に勇敢に対応しようとする第3段階の経営を行うことです。

「キーワード」となるのは、先にあげた「原理・原則」の発見・構築「知恵」を駆使しての「創造」「工夫」「先駆」などで、これらの“勘所”を熟知しながら「変化」のなかの「機会」を活用し実行することです。こんなにたくさん条件を羅列しますと「そんなのできる訳ないやろう。」となりますが、事業の実現においては「こちら」の都合など関係なく。

そうでなければ「機会」を我がモノにすることなどできないからです。少しでもその様にすることで「優位」を得ることができるので、松下幸之助さんの言う、まずは「そう思わなあきまへんなぁ。」となります。

まずは、どのように「思わなあかんか」から始めます。「人間は本来働きたいもの。働くことを“じゃま”しないことが、一番うまい人の使い方である。」これも松下幸之助さんの言葉ですが、人は「条件・環境」が整えられれば、よほどの歪みがある人以外はそれぞれの得意分野は異なるとしても、自律性・自発性をもって働きます。

繰り返しますが「条件・環境」を整えることです。経営者の主たる「役割」は『条件・環境』を整えることです。ところが、多くの経営者の方は「じゃま」の持つ意味合いを理解されないで「うちの従業員は、働かない。」と異口同音のように漏らされます。

何故なのか、それは感情と理性を持つ人間への理解が及ばないからです。「やる気」を出す「機会」を与えず、先に言う「じょま」をするから「働かない。」状況を促進させます。「機会」を与えず「じょま」をする状況では、余程の奇特な人でもない限りは経営者の方の願いを適えません。

「高額の報酬」をもってしたとしても、その効果は限定的で刹那的です。「うちの従業員は、働かない。」と思われたり「優秀な社員がいない。」と思われて、ましてあからさまに言われて「能力を発揮できるまた呼び覚まされる」人間などいるでしょうか。

「経営」は「人間の本質」を知って「成果の実現」というその一点に向かって考え実践する「人間学」で、経営者の行動の「経済性」はそのことの「奥義」を知ることからで大きな格差を生じさせます。松下さんは、どう考えるのか。

「すべての人を自分より偉いと思って仕事をすれば、必ずうまく行くし、とてつもなく大きな仕事ができるものだ。」と言い。「他人はすべて自分よりもアカンと思うよりも、他人は自分よりエライのだ、自分にないものをもっているのだ、と思うほうが結局はトクである。」ここで“人づかいの極意”である『得するコツ』を述べられています。

そのように考えて「人づくり」に、根気よく勤しまれたのでしょう。また、経営力の源泉を「智恵」であると看破(見破る)して、「人間の知恵というものは、しぼればいくらでも出てくるものである。もうこれでおしまい。もうこれでお手上げなどというものはない。」「なすべきことをなす勇気と、人の声に私心なく耳を傾ける謙虚さがあれば、 知恵はこんこんと湧き出てくるものです。」と語っています。

つまり、人間を「機械」とは考えず「知恵」を駆使して企業に「利益」をもたらす『究極の経営資源』であると見て取り『条件・環境』を整えて最大の「成果」を実現させようと必死に考えて工夫したものなのです。

 

★伝えなければならない「ことば」★

聖書ヨハネによる福音書の最初に「はじめに言葉があった」とあるそうですが“顧客の声”であると見極めたもの「ミッション」となるものですが、「言葉」で示されなければ、自他ともが認識できるものにはなりません。およそ「仕事」で「社会に役立たないものなどない」のだから、その『気高い本質』を顕さなければ、そして「一番になろう。」を目指さなければ「皆、奮起してやろうではないか。」とはなりえません。

人が『奮起』するのは「意義ある仕事」の「意味」を知り「一番になろう」とする「誇りを持てる目標」を持ち、そして「参加し、活躍する機会」を与えられて「自身の価値を認識し、実行し、成長できる。」、さらに「社会に貢献できる。」「他の人に賞賛される。」が加わると『奮起』の度合いはさらに強化されます。

このことを知って『条件・環境』を整え活用するのが、松下幸之助さんの言われる『得するコツ』なのだと思われるのですが。この「私たちの仕事」の「気高い本質」を、自他ともに共有し・協働するため「的確に言語化」しなければなりません。この言語化されたものが『コンセプト(経営理念)』であったり『行動規範』あって、強い経営を行うために『はじめに、ありき。』になるはずのものです。

通念としてですが、経営者の思いでは“報酬”を支払っているのだから人は、その分懸命に働くものであるという認識が抜けきれていません。そんなことが期待できるでしょうか。そのことが可能になるのは、社員にとって他の選択肢がなくてかつ管理者が一心に監視の目を緩めないという条件下においてだけです。

付け加えて。「直接的」に生産とかかわらない「管理者」の報酬は必要性があるとしても、本来は「ロス」でしかありません。この「ロス」となる経費が嵩んでは、より効果的に効率的に「人の能力」を引き出すのに長けた企業には勝ちを制せないでしょう。

「高報酬」について吟味します。「高報酬」それ自体が情況的に義務的に「やる気」や「貢献」を引き出ささせる力があるとしても、それでは自主的に創造的に「やる気」や「貢献」を引き出させることなどはありません。しかし、成果達成目標とそれに対する達成基準が明確であるときには、限定的ではあっても目標達成がなされて業績を上げることは可能です。

この戦略を巧みに実現している企業は確かにあります。日本では、BtoBの企業「キーエンス」がそうですし、欧米の企業では多くがそのようでもありますが。

 

★優良企業の「ことば」★

先に言った松下幸之助さんの「得するコツ」に話を戻します。「人間は本来働きたいもの。働くことを“じゃま”しないことが、一番うまい人の使い方である。」について整理して考えます。過去にも取り上げるさせていただいた松下幸之助さんの「水道哲学」ですが『産業人の使命も、水道の水の如く、物資を無尽蔵にたらしめ、無代に等しい価格で提供する事にある。

それによって、人生に幸福を齎し、この世に極楽楽土を建設する事が出来るのである』。この『ことば』は、全社員の参加のなかで歓喜をもって伝えられました。そして、事実としてその後の「パナソニック」をつくり上げました。

ここでお聞きしたいのですが「私たちは、人を幸福にするために、この世に楽土をつくるために働いているのだ。」「私の働きが、自分の身内の幸福も含めて、この社会のためになっているのだ。」これを信じるならば「働くこと」は“喜ばしいこと”ではないでしょうか“誇らしいこと”ではないでしょうか。

松下さんはある宗教団体の本部へ行って、そこで「この世を、みんなでよくするのだ。」の信念のもとに喜びもって教祖殿の建築に勤しむ信者さんを見て悟るものがありました。事業経営も「貧をなくして人間生活に必要な物資を与える“聖なる事業”ではないか」こう悟ったときに自身の「ミッション」が定まったのです。

松下さんは強い信念を持つと事業の腹が決まったと言い。「『あんたこれを買いなさい。買うことによってこれだけの便利があるんです。あんたお得ですよ。』と売ることができ、すると得意先はすっかり変わってきて、ぐうっと売れるようになった。至極簡単です。」と本気とも笑い話ともつかないことを言われています。

京セラの稲盛さんは「利他」と西郷隆盛の座右の銘である「敬天愛人」を機会あるごとに説かれていますが。そのうえで、すべての「従業員の幸福」を最優先課題として、また責任を有する「大人」であることを求めて「独創の経営理念」『全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に人類、社会の進歩発展に貢献すること。』と言う『ことば』を定めています。

稲盛さんは「自分が本当に正しいと思う判断を行い、持てる能力を発揮し、常に情熱を傾ける。それが人生を成功に導く王道。」と言われています。

松下幸之助さんは「無理に売るな。客の好むものも売るな。客のためになるものを売れ。」とも言われています。「ホンダ」はどうなのか。1961年(昭和36年)イギリスマン島でのオートバイレース125cc、250ccクラスにおいて1位~5位を独占するという伝説的な快挙がありました。

それを行ったのは極東の島国である日本の名前をほとんど知られていなかった「ホンダ」であり、この時に「世界のホンダ」が生れました。それは、どのようにして起こったのか。ことの起こりは昭和29年のことで、いろんな思惑違いの重なりがあってあわや倒産という事態まで行ったことがその遠因です。

この時の苦い経験が「ホンダ」を近代経営の企業に変身させるのですが。ホンダでは、その始まりからして「行く行くは、世界企業になるのだ。」という自負を持っていました。それなのに、その危機の瀬戸際にあっては越年手当5千円の支給がやっとで、従業員の心が萎えてしまうのをどうしようもなかったのです。

こんななかで従業員の心を一つにして奮起させるために起草されたのが、モーターサイクルのオリンピックへの参加を宣した「マン島T・Tレース出場宣言」という苦肉のカンフル剤でした。

その「マン島T・Tレース出場宣言」は『年来の着想でもってすれば必ず勝てるという自信が昂然と湧き起こり、持ち前の闘志がこのままでは許さなくなってなった。・・・ここに私の決意を披歴し、T・Tレースに出場、優勝するためには、精魂を傾けて創意工夫の努力することを諸君と共に誓う。右宣言する。』で。

車好きのかつモノづくり好きの連中が集まったなかでの「マン島T・Tレース出場宣言」で宣されたこの『ことば』は「魔法の呪文」です。宣言されて5年に初参加し、その2年後に「魔法の呪文」が威力を示すことになったのが125cc、250ccクラスにおいての1位~5位の独占です。

最後にソニーの「魔法の呪文」も加えます。<東京通信工業株式会社(ソニー)設立趣意書会社設立の目的>『真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設 』です。

この「井深大」という有名の知られている人の「魔法の呪文」に導かれて、ボロ工場であったソニーに集った若くて優秀な技術者が造ったのが「テープレコーダー」であり「トランジスタラジオ」です。『はじめに言葉があった』が『得する“コツ”』です。