109回 「正しく見る」ということ

★第一の“責任”は実情を正確に把握すること★

カルロス・ゴーンさんが「メール、電話、手紙とコミュニケーションの手段がありますが、どれが最良の手段だと思いますか。」と問われた時に、答えたのが「個人的には直接対面がいいですね。実際に会うのが一番ですが、時間がなければテレビ会議でもいい。」と言い。何故なら「心構え、姿勢、共感能力などはメールではわからない。」からだとしており、ここにマネジメントの「コツ」が垣間見えます。

これは、GEのジャックウェルチが研修センター「クロトンビル」において、従業員に直接対話を通じて「自分の思い」を伝えようとしたことに一脈通じるものがあります。さらに「伝える」ことだけでなく、重要なこととして「知る」ことや「教わる」ことの重要性を充分に承知していたからです。

「知る」こと「教わる」ことについて、松下幸之助さんは徹底しており、新入社員であろうと誰であろうと「君、これについてどう思う。」と問いかけるのを日常としていたそうです。そのことを「衆知を集める」として、自身が物事を判断するための重要な「智恵の源泉」にしていました。ただし、最後の「意思決定」は誰に頼ることなく、独裁で行いますが。

こんな例は松下さんだけではなく、第4代経団連会長で当時の東芝を再建した土光敏夫さんも、社長室のドアをオープンにして誰でも意見を言えるような環境をつくるととも、しばしば予告なしに自ら工場などの現場を訪れて従業員と直に話を行っていました。ただし、その「土光イズム」は定着できなかったようです。

またカルロス・ゴーンさんに戻りますが、1999年に起死回生の切り札としてニッサンに来た時に、まずしたことは「予断を持たずに“ありのまま”の現状を把握することと」と「衆知を集める」と「人材探し」でした。最初の数か月は日産をあらゆる角度から研究するとして、あらゆる現場を訪れて1千以上の人に会い情報収集・交換を行いました。

その時に「どこがうまくいっていると思うか。」「何がうまくいっていないか。」「どうしたらもっとうまくいくか。」を尋ねて回りました。そのような情報収集を経て、当時の状況を理解したうえで練り上げられたのが「日産リバイバルプラン」です。「正しく判断する経営者は、こうあれかしという希望をもたず、感情を混ぜずに現状を把握します。」なぜならこれなくして「あるべき地点」に至らしめる方策「ビジョン」を構築する基盤ができないからだとしています。

ここまで書いて行くと、読んでいただいている方たちが疑問に持たれるのではないかと思われる一点があります。それは「経営者自らが、何故悠長に情報収集しなければならないのだ」ということで、前任者に聞けばいいのではないかということです。ここがいつの時も重要なのですが、経営者自らが自身の感性でいつも“ありのまま”を管掌できなければ「打つ手が妄想」になってしまうからです。

判断は他の人に委ねられないのだから、その基礎になる「現状の把握」を自分自身の五感を通して客観的につかまなければ「事は始まらない」。経営者の「仕事」は現状の基づいて判断し、あるべき理念、価値観(バリュー)を浸透させ、希望であるビジョンにより奮い立たせて、適材を抜擢し動機付けして強力に実行させることとなります。

正しく勇気を持って意思決定するのが経営者の「仕事」で、これを他人に委ねたら企業は漂流し沈没します。“リーダーシップ”について、ゴーンさんはこのように言っています。「“リーダーシップ”は『実践する』ことで学ぶのです。状況が困難であればあるほど学ぶものが多い。」「リーダーであるということは、基本的な“責任”を負うということでもあります。」。

「第一の“責任”は実情を正確に把握することです。」と言っています。「日産リバイバルプラン」は、多くの現場を巡り多くの人から聞いた現実を元として、社内の若手・中堅幹部を中心としたクロスファンクショルナル(部門横断的)チームを発足させ委ねてまとめたものです。それは「新しき葡萄酒を古いき革袋に入るることは為じ、新しき葡萄酒は新しき革袋に入れ」の故です。

「日産リバイバルプラン」を実行することで達成しなければならないとした成果目標の内容は、以下の通りでした。

1. 2000年度連結当期利益の黒字化

2. 2002年度連結売上高営業利益率4.5%以上

3. 2002年度末までに連結有利子負債を7千億円以下に削減

この背伸びした(ストレッチ)高い目標は、誰が実行するのか。ゴーンさんが、現場を訪れて多くの人材に会い「どこがうまくいっていると思うか。」「何がうまくいっていないか。」「どうしたらもっとうまくいくか。」と問いかけたのは宝探しでした。

社内に現にいて機会が与えられず埋もれていた「素直」で「向上心」のある貴重な経営資源たる人材を掘り起こして委ねたのでした。また、松下幸之助さんの言葉を引き出しますが、このように言っています。「部下に大いに働いてもらうコツの一つは、部下が働こうとするのを、邪魔しないようにするということだ。」と。

 

★リーダーシップの本質★

ゴーンさんは著書「ゴーン道場」のなかで「共感能力」「モチベーション」の2つのワードをマネジメントのエッセンスとして語っています。人は、命ぜられたからと言って情熱的に仕事をすることなどはありません。

人が、情熱的に仕事をしようとするのは自身の「欲求(ニーズ)が満たされているか、満たされる機会だと確信した」その時のみです。ゴーンさんの強みは、天性の性格と若くして奮い立てる経験を多く持てたことで。その時の気概と自信が「知恵の基盤」と為さしめています。

悩みや苦しい中にあって“共感”を持って理解され、道を示され機会を与えられて動かない人などは稀でしょう。自ら歩み寄り「どうして、入社したの」「将来どうしたいの」と問いかけ、特に「素直で、向上心がある」若い人達の考えや思いに寄り添って、危機の中にあって運命を逆転させる機会を与えるとともに支援を行うのです。企業が指針とすべき価値観を示し、その価値観に共感を求めます。価値観と指針と行動規範を立てて示すのは、経営者の専権責任です。ここから後は、しばらくゴーンさんにより指示されたことのまとめます。

経営者のなすべき仕事の手順は「魅力的なビジョンを描き、組織の末端まで根気よくもれなく伝える。」ことです。ビジョンは共有されていなければ動けない、目標を理解しなければ動けない、それは魅力的なものでなければ実行しようとは思わない。信頼できる計画をつくりあげて、具体的な解決策については優先順位をつけてシンプルかつ明確で説得力があるようにまとめあげて行きます。

何故なら、最も重要なことがらに対応して限りある経営資源でもって効果的に実行されなけれならないからです。さらに、成功への評価指標、判断基準をはっきりさせること。実績を振り返る指標があれば、どういう面で成果が出ているのか、どのあたりで不足があるのかが示されて、その指標が明確でかつ時間が区切られていたならば自分の貢献度が分かるはずです。メンバーを選ぶときは、まず「信頼しているから選んだ。」と伝え、なぜ信頼しているかを説明し、そのうえで「君に達成してほしい目標はこれだよ」と伝えるのです。

これら提言は、まったく「ドラッガー基準」のそのもので、ただ継続学習の項目が述べられていないだけで、<働きがいを与えるためのドラッガー基準>仕事はそのものに責任を持たせなければならない。そのための条件は、

1.生産的な仕事

2.フィードバック情報

3.継続学習

ここまで話をすすめると、気がかりを持たれるのではないでしょうか。こんな細部まで行わなければ、経営できないのかということです。そうなのです。そこまでしなければ完全な企業活動とは言えないのです。ただ、経営者のしなければならないのは基本をつくることで、細部は委ねた現場の人材に大きく権限を委譲しともに知恵と知識を交換します。

あとは目標基準に基づいて評価して、目標に達していなければその原因を明らかにしてしかるべき対策をともに考えて実行します。評価基準の目標は、ストレッチ(背伸び)します。それを達成できるように協働するチームを構築し、あらゆる支援を行って、成果を確実に達成できるようにします。その困難の経験の中からこそ、企業文化とネットワークが構築され、人材の育成がはかられて行きます。

ゴーンさんが言います。マネジメントとは人々にやる気を起こさせ、サポートし、企業がどこに向かっているのかを理解させることで。優秀な管理職とは、コーチのようなものだとしています。ルールを知りメンバーと相談もするし、判断を下したり、困っていたら人員交代の指示をしたりするのだとしています。リーダーの資質とはモチベーションを喚起すること、信頼を得ること、成果を示すことであって。

そして、リーダーシップの本質とは、チャンスを与えること、人の持つ可能性を解放してその人の可能だと思えるそれ以上のものを達成させること、そのことについて手伝いをすることだとしています。ゴーンさんがなした「仕事」とは、崩壊の危機にあって行き場も分からず困惑している優秀な能力と膨大なエネルギーを、再生の道筋を示しかつ活用することで一気に再生を確信させ解き放ったことでした。

ゴーンさんは、「日産リバイバルプランを成功させるためには、どれだけ多くの努力や犠牲、痛みが必要になるか、私にも痛いほどわかっています。でも信じてください。ほかに選択肢はありません。そしてこの計画は挑戦するに十分に価値あるものです。」とメッセージを送りました。

そして「リバイバルプラン」においては達成がコミットメント(必達目標)されいて、達成できなければ役員全員が退陣すると公約もされました。この時のコミットメントは、それ以上の業績で達成されました。ただ、ルノーのCEOも兼務するようになってからの「日産パワー88」のコミットメントは未達で終わっていますが。・・・・・