108回  「意思」が創造を行う」

★経営者の意思決定の威力★

「サムスン電子」のことを話題にしても、一般の人には馴染みがないので興味を持たれないかもしれません。さらに、その副会長の李在鎔氏が朴槿恵前大統領に賄賂を送ったということで懲役5年の刑を言い渡されたについては、さおさらでしょう。

そんなの馴染みのない「サムスン電子」ですが、この企業に興味を持たされたのはその躍進の凄さと、俗にいう戦略の巧妙さ故です。今まさにグローバル化は止まらず、もはや一国内のローカルな感性を持ったままにおいては、一般道ですら歩けなくなってきそうです。

そこには、世界の中での機会(チャンス)をどのようにつかむのかのスケールで考えざるを得なくなってきている現実があります。

2016年の売上や経常利益でその凄さを検証してみます。

サムスン電子   売上 20.2兆円:円換算(201兆8,700億ウォン)利益   2.9兆円:円換算  ( 29兆2,400億ウォン)

日本上位4社の合計(日立製作所、ソニー、パナソニック、三菱電機)売上 30.1兆円 利益   1.3兆円以上のように、日本の上位4社の売上高の合計でやっと勝るものの、利益においては4社を合計しても半分にも達していません。参考にトヨタを見ると売上28.4兆円利益3兆円です。

この凄さは「李健煕」という一人の人間の「意思決定」に大きく依存しているのですが、日本の経営者が「茹でガエル」状況でいるなかで危機意識をバネに一気に鍋から飛び出して実現させたものと言えます。小さくとも経営資源がなくとも、一心に「核心を抉る知恵」と「強烈な意思」があれば事は成就する「ベスト・プラクティス」です。

これと同系の経営者は、アメリカではGEの元会長のジャック・ウェルチで日本ではソフトバンクの孫さんがそのようです。「ものづくり」というフレーズですが「サムスン電子」の躍進に一役買て同社常務になった吉川良三氏は「ものづくり」を「もの」と「つくり」に分解して事の理を解説しています。<同社の世界規模の成長を実現させたのは、格別の待遇でもって迎えられた日本のトップクラスの定年後の「匠」達の貢献もあります。>

「ものづくり」を説明しますと、私はいつもこの「もの」を「効用」と言う言葉で考えているのですが「効用」つまり「もの」とは、その人の「欲求」を満たさせる「作用」で「つくる」とは「欲求」を満たさせるための「基盤」となる「機能」をもたらす「活動」です。

ある場面を描いてみてください。4つ5つの歳の女の子が、雨降りの時に水遊びをする「赤色」の雨靴が欲しいとします。その女の子にとっての雨靴は、機能としては少し乱暴に扱っても壊れなければよいのであって、その求めているのは雨降りの場面にピッタリとそうイメージ通り「赤色」で、これでなければ「夢」は語れません。だから、この「夢」を実現させるイメージ通りの「赤色(もの)」こそが欲しがられる「もの(商品)」になります。ところで、この「ものづくり」の「つくり」に強いのが日本で、当然としてその頂点にあるのが「トヨタ」だと言えます。

「トヨタ」の強みついてはまたじっくりと考えたいのですが、それよりもマーケティングの根幹である「もの(効用)」開発の技について「サムスン電子」を通して考えて「今の時代の機会(チャンスとリスク)を知ってもらえたらなぁ。」と思うしだいなのです。面白い話があります。

2009年12月「アブダビ」の原発の建設を韓国企業連合が受注した時、韓国には実績はないので発注してよいのかどうか懸念されました。その時に言ったのが「隣に日本があるから大丈夫です。」でした。そして実際に原子炉については「東芝」が下請けをしたそうです。その背景にあったのは、この国での「韓国」の知名度の高さでした。何故「アブダビ」では、日本より「韓国」の知名度が高いのか。

安価で使い勝手の良い電化製品や携帯電話を多く販売されているからで、それは「サムスン電子」が手塩をかけて育て上げた「地域専門家」がおり、私好みの商品と私の懐具合について市場の中にあって同じ目線に立って徹底的に調査し同調していたからなのです。さらに付け加えますが、意思決定の速さを実現させているのは「基本とな方針、方向性」や改革方針「顧客は最初にデザインによって心を動かす」「常に出金と入り金を考えなさい」等の他は現場の判断に委ねられており、意思決定や実行がスピーディーに行われているからです。さらにさらに付け加えますが、判断のためのデジタル・データの一元化システムが構築されており、必要な時に必要に応じてアクセスできる「見える化」と誰もが判断しやすいようにするための「見せる化」のデータ加工までもが行われているからです。<これらは、日本人技術者の関与もあって構築されたものです。>

「アブダビ」にあっても世界のどこにあっても、超多品種少量生産を低コストでかつスピーディーに生産を可能にさせたのは、先に名を挙げた吉川良三氏が10年をかけて部品のコード番号の統一と標準化から面倒をみたCAD/CAMの導入が成せる技であるといえます。日本では、未だ充分に使いこなされていない状況なのですが。「サムスン電子」の今の姿を考えるとき、そのすべての「鍵」にあるのは先に言ったように会長である李健煕氏の「意思決定」で、日本では「石橋を叩いて渡る」と言う諺がありますが、韓国では「腐っている橋を渡る。渡り終わったらその橋を壊してしまう。」と言った感覚なのだそうです。

「抜きん出る」ためには人が忌避する「リスク」があるからこそ「リスク」に賭けるからこそ「チャンス」が訪れます。誰も渡ろうとしない「腐っている橋」のなかに、新たな地平が開かれます。

★サムソン電子の「守・破・離」★

1990年代の『ホンダ』の社長であった川本信彦氏により「役員の大部屋制」は廃止されることになったのですが、もともとの起こりは藤沢武夫さんが「万物流転する世界」にあってトップ・マネジメントは「高所の意思決定」に専念できなければならないとしてつくられた制度でした。

「高所」から社会の変転を俯瞰し、適切に迅速に意思決定するのが経営者あるべき姿であるとしたからです。これを川本さんが廃止したのは「高所」であっても、集団での「意思決定」ではホンダの企業文化の踏襲から脱却できないという危機感をあったからで、前に進むためにはさらに「高所」で「強固な」敢えて独裁による意思決定を持たなければ“未来”はないとしたからです。

今日、新興国はもはや低賃金が魅力で生産拠点の移転させた時代から、新たな大量消費地であるとする「グローバル化」に“流転”しています。「ものづくり」も人間の労力が「機械」に移行したのと同じように、知的労働が「デジタル化」に移行しようとしています。この趨勢は否が応でも、私たちを“流転”の中に巻き込みます。そこでは、高所の視点からのスピーディーな判断と意思決定を行わなければ「勝ちの方向」に舵を切ることができなくなってきています。「サムスン電子」の今の姿を後追いしつつ意味付けを行います。

「サムスン電子」の発展には、いくつかの定型の法則性があります。まず、それはこれから市場に求められる最先端の「効用」に焦点を絞ること、そこに焦点を絞ったらその事業で勝ち抜く条件は何かの「鍵」を見極めて、その条件を手に得るために『スピーディーかつ強固に意思決定して忍耐強くあらゆる方策を思索して実行する』ことです。焦点とする市場について創業者の李秉?氏は「資源がほとんどない大韓民国の自然条件に適合して、付加価値が高く高度な技術を要する製品を開発することが跳躍を図る唯一の道だ。」と表明しています。

ついては「付加価値が高く高度な技術」をどのようにして手に入れるかということになりますが、それは「人材育成」と「人材獲得」の二つということになります。「人こそが、高度な技術の作り手」なのですが、自前の「人材育成」には時間を要しますので「サムスン電子」が用いた方法は「人材獲得」でした。世界各国から獲得すればよいのであって、同社が恵まれていたのは、直ぐ近くに「日本」があって、バブル崩壊期の1990年代にあってはリストラされた多くの技術者がいました。

「守・破・離」という言葉がありますが「サムスン電子」が当初取った方策は日本の追随で、日本のその手法を「守り」こと模倣でした。1968年1月に設立、12月に電子産業に進出しました。それは興隆してきた白物家電やAV機器の国内需要を見越したものでした。

1977年には半導体事業に、1980年に電子通信事業に参入し、同じくしてポルトガルやアメリカには工場が設立しました。ここまでは、成功した「日本モデル」を模倣です。日本の模倣を続けて価格の安い2流製品を提供していましたが、それでは将来はない気付いて大きく方向転換「破・離」を行います。

1993年 フランクフルトで「新経営」宣言し「 量より質の経営へ」1997年 アジア通貨危機で従業員の30%を削減「妻と子供以外はすべて取り換えろ」とパイオニアの道を歩み始めました。2000年LCD事業や携帯電話事業に大規模に投資を行いました。久々に、また松下幸之助さんですが『血の小便が出るまで苦労したのでしょうか。』ということを時に言われたそうですが、フランクフルトで「新経営」を宣言した当時の李健煕会長は、苦悩で3か月間ほとんど眠られず顔中に吹き出物ができて50歳代であったのにもかかわらず70過ぎの老人のように見えたそうです。