107回 道に触れてみな宝なり

★「利益」は評価基準であり保険でもある★
『利益』の公式は、利益=売上-経費となります。まず最初に『利益』とは何かから考えてみます。

「利益」というと「儲け」と言う言葉が浮かび、そしてその次に人情として「それは私のものだ。」となります。「1億円もあれば、しばらくは贅沢ができるがなぁ。」と思ってしまうについては多くの方に共感を持って賛同してもらえるでしょう。

ささいな私事を申し上げますと、バブル期に思わぬ儲け口があって余剰な小銭を手にして舞い上がり、仕事のストレスで結構酒量も増えてしまい、その挙句に訪れたのが「痛風」でした。
オマケというか、定期預金付きの普通預金の残高はといえば“マイナス”となってしまっていました。※これは浅井社長の話しではなく、私の経験談です。商売初めに思わぬヒットで、数億円儲けるといった経営者も時には居ます。そのヒーローがしがちな行動が、高額外車を乗り回し高級クラブに繰り出し、その揚句に仕事には身が入らず部下にも見放されるといったものです。

ここで、しかるべき解答がほしいので「ドラッガー」の見解を見てみます。
1.利益は成果の判定基準である。
2.利益は不確定性というリスクに対する保険である。
3.利益はよりよい労働環境を生むための原資である。
4.社会的なサービスと満足をもたらす原資である。

多くの経営者の方に接する機会があるのですが、血と汗と自身の知力を尽くして驚きの商品を完成される社長さんもおられます。さて販売にとりかかろうとなった時、交渉企業から「この商品の販売実績は。」「御社の財務状況は。」と聞かれて、そこから話がすすまなくなり頓挫してしまいます。

そんな中でも、本当に魅力的な商品であれば、不思議なもので思わぬ幸運が訪れて事業が上げ潮に乗ることもありますが。いつもあるのですが、商品が世に出るには「良い商品」というのは始まりで「ヒット商品」になるにはより多くの資金を要するのが通例です。企業のあるべき流儀では、内部留保利益がこの資金に充当されます。

今もよく見かけるのですが、技術一筋で親会社から一目置かれていたのにバッタリ注文が来なくなって先行きが立ち行かなくなったり。また、上得意先があって何もしなくても儲かっていたのに、ある日、気がついてみたら価格交渉はきつくなるわ、注文量は半分になるわ、という企業さんの話しを稀でなくお聞きします。

「利益」がでなくなるまでに、何らかの兆候があったはずです。なのに「顧客」や「社会」を見ていないばかりに、気付くことなく求めてられるべき「効用」は薄らぎ、見捨てられてしまうに至ってしまう。そんな時には、心を一新して活路を求めて時間をかけて再チャレンジを行
わなければならないのですが、内部留保資金があれば終わりなどはなく取りうる道もあろうというものです。

いつも明日の「危機」は、全ての企業に思わぬ形で訪れてきます。あの優良企業のトヨタやホンダやパナソニックですら、そんな経験を持っているのが天地の理なのでしょう。

「ゆでガエル」の喩をご存知の方は多くおられると思うのですが「冷たい水中にカエルを入れ、ゆっくりと温めていくと徐々にぬるま湯となり心地よいので飛び出そうとはしません。その心地よさにひたっていると熱湯になっても逃げ出さず、やがて“ゆでガエル”になって死んでしまいます。」というものです。

日本津々浦々の何々銀座と呼ばれる「商店街」が多くありますが、恵まれた環境にない限りそれらのなかで衰退していないところを見つけるのは至難の技で、これは“ゆでガエル”がなせる典型例だとも見られます。

この喩は、動物実験としては定かでないのだそうですが、こと企業に関しては恐ろしいほど現実としてやって来る現象で。「安定している」「問題はない」は“黄信号”であります。急激にやってくる危機なら、腹をくくってがむしゃらに立ち向かえて思わぬ道が切り開かれ、それが為に企業の体質が改善されて業績が一気に好転できたということもあります。

「利益」の道徳側面も考えて見ます。
松下幸之助さんの言葉を引用しますが、利益について「利益を生み出せない経営は、社会に何らの貢献をしていないということであり、本来の使命を果たしていない姿である。「赤字は罪悪」といってよい。」と言います。

「そこそこでも『利益』があるのだから」は「本来の使命を、そこそこでしか果たしていない」とになって“黄信号”ということとなるでしょう。
「何も努力・工夫していない」でいて「安定している」は「衰退」の一時前の兆候で、また「見つけようとしない」で「問題はない」は「問題だらけ」の検証能力欠如の証とも言えます。

「顧客の最高レベルの満足・感動」を目標に、絶えず「問題(課題)を見つけ出し」「最高・最大の努力・工夫」を行う。
これが“善なる黒字”を計上するための本来の考え方と言えるでしょう。
松下幸之助の言葉より引き出すと、“善なる黒字”が目標に達していないのであれば、それは「問題(課題)の見つけ出し方」が悪く「最高・最大の努力・工夫」をしていないがために「社会や顧客」の満足を得られていないことの評価だとなります。

★どうにかできるのは「経営者」だけ★
弘法大師空海の「お言葉」を拾ってみます。
「心暗きときは、即ち遇うところ、ことごとく禍なり。眼明らかなるときは、即ち道に触れてみな宝なり。」と言います。これをマネジメントの摂理に変換すると、「眼明らかなったときには、すべてのことが即ち道(松下幸之助さんの言うとことの経営の“コツ”)に触れてみな宝“善なる黒字”なり。」となるでしょうか。

先日、ある老舗の後継者に「経営の基本は「顧客の最高レベルの満足・感動」を目標に、絶えず「問題(課題)を見つけ出し」「最高・最大の努力・工夫」することですよ。」と何とはなしに言ってしまいました。
その時に、応えて言われたのが「私も、大いにそう思います。」と、それから「常々、従業員にそのことを言っているのに、一向に聞こうともしないし、ましてや実行など望むべきもない状況で困っています。」、そして「良い方法があれば教えてくださいよ。」と言われたのです。

この方は、聞いてみると「盛和塾」の会員さんなのだそうです。その時に、弘法大師の教え「心暗きときは、即ち遇うところ、ことごとく禍なり。」の一節が頭をよぎりました。

京セラには「JAL」や「KDDI」やその他の稲盛さんを信奉する企業が取り入れて掲げる「経営理念」「フィロソフィー(行動規範)」があるではないかと思ったのです。具体的な組織モデルとして「アメーバ経営」があり、部門別業績の業績評価制度として「時間当り採算制度」があるではないかと思ったのです。

これらは、宝つまり“善なる黒字”に至ることを目的に、稲盛さんが松下幸之助さんや西郷隆盛などの先人の知恵を咀嚼しながら、日々の経験の中から独創した「考え方」や「具体的なノウハウ」です。

「稲盛さん」にしろ「松下さん」にしろ、その生き様が手本であった「本田さん」にしろ、偉大な経営者の来し方を味わえば経営の「コツ」や「神髄」が見えてきます。
「稲盛さん」に至ってはワンパック」で示されています。“眼明らかなる”は、経営者の方の“宝”に至る“基本ノウハウ”です。

稲盛さんの言った言葉を3つ並べます。
「いいんだ、悩め。悩んで悩んで考え抜け。必ずどこかでわかってくる。」

「継続は力なりで、粘って、粘って、何度も何度もチャレンジしないと何 ごとも成功しない。」「人生は、心の中で強く思ったことが原因となり、その結果が現実となって表れる。だから考える内容が大切で、その思念に悪いものを混ぜてはいけない。」