106回 「効用」のための「コスト」

★「コスト」のかけ処★
『利益』について、京セラの稲盛さんは「京セラフィロソフィー」のなかの一項目で「経営とは非常にシンプルなもので、その基本はいかにして売 上を大きくし、いかにして使う経費を小さくするかということに尽きます。
『利益』とはその差であって、結果として出てくるものにすぎません。」また「したがって私たちはいつも売上をより大きくすること、経費をより 小さくすることを考えていればよいのです。」と述べています。

私流の解釈ですが、ここで言っているのは全ての社員に対するメッセ-ジで、全員が「我がこと」として「我が部署」の売上を大きくつまり顧客も しくは後工程の欲求を満たす工夫をして、顧客の欲求に沿わないコストは一切かけないでさらにかかるコストも工夫して削減するということです。
※京セラは「アメーバ制」をとっており「我がアメーバ」が「我が部署」の単位となります。

企業に求められているのは「成果」です。
「成果」とは“外部”にいる「私たちの顧客」に対して、満足・感動のための「効用」を作り知らせ提供しフォローすることです。

「利益」は、その「効用」を“生産的”に実現させた時に可能となる総括的な「結果」であり「評価」です。もちろん「効用(顧客満足・感動)」の実は収益をもたらすプラスです。「生産性(コストの有効性・効率性)」はマイナスの削減もしくはプラスの最大化で「利益」はこの2つの交互作用によりもたらされます。

経費はその「効用」が最大化させるためだけに使われなければならないもので、つまり“生産性”が重要なキーワードとなりコスト“0円”が究極
の生産性の目標ともなるでしょう。功利的に考えるなら、固定費としての人件費が付随的に「知識(智恵)」「活力」を生産するについては「成果」は増大するが「コスト」には変動がありません。

そうであるので、人的経営資源が最大に活用にできるならば、ここに追加投資を行うこととその仕掛けづくりを行うことはトップ・マネジメントの
重要な「仕事」であると言えます。少し余談として「集中投資」について付け加えます。コストは、戦略的に必要であるならば逐次的な投入では効果など得られず、そのときは一気に投入することが求められます。

ホンダは成長期昭和28年に資本金6千万円のとき設備投資15億円の大冒険をしています。
ソフトバンクは平成18年に2千億円の資金で子会社を設立し、総額1兆7千5百億円にも上るボーダフォンを買収して「移動通信事業」に一気に
参入しています。

トヨタは「乾いた雑巾を絞る」と表現される「コストの削減」を行います。
もっとも自身は「いや、知識を絞り尽すのだ。」と言っていますが、その要点は社員の「知識(智恵)」と「活力」が最大限に「ムリなく、ム
ダなく、ムラなく」発揮・融合・実行できるようにすることで、何故なら、これなくして賢い生産的で創造的な「効用」がつくれないからです。要点は、人の「能力」と「活力」の有効活用をいかに実現させるかです。

経営者の「気遣い」などは「コスト」をかけずにできるもので、ある意味ではそれが「経営者の仕事」の大事な一部分でもあるでしょう。
「コスト」をかけずと言いましたが「経営のコツ」である「人づくり」さらに「風土づくり」の「成果」を実現させるため「核心」でもあります。

過去の回でも述べましたが、日本電産の永守さんはボーナスの支給時に、2千人いる社員に「直筆のことば」を添えたということです。
松下さんは部下を激しく叱責した後で、その奥さんに「ご主人は重要な人だから叱った。落ち込んでいると思うので。お銚子の一本でもそえてあげ
てやぁ。」とその日に電話をかけたとも言います。

もっとも大切な基本があります。
エクセレント・カンパニーは、ここにこそ「コスト」をかけています。それは「私たちは何のために存在し、働くのか。」またこれから「どの方
向に進むのか」それらを実現するために「あなたが、しなければならないことは、」「あなたに期待するのは、これこれである。」というコミュニ
ケーションです。

松下幸之助さんは、創業のはじめより決算はオープン化しており、また節目節目ごとに自社の方針を社員に自身の言葉で伝えています。
イトーヨーカ堂は、数億円の経費をかけて全国の店長やゾーンマネージャー一同を月曜日毎に東京に招集して店長会議、業革会議を開いています。
伝えなければ、それも経営者が直接あらゆる機会を捉えてひつこく徹底して伝えなければ心を同調することなどはできません。

経営者が何にコストをかけるかによって、メッセージを発信されます。
ホンダが昭和27年に東京に進出した白子工場で本田さんが気遣ったのは、なんと「水洗トイレ」の設置でした。また、副社長であった藤沢さんが気遣ったのは食堂の充実で「肉の入っているカレー」を従業員に食べさせたかったからです。

★「賞罰」と「管理」★
人件費は経営者がどのようにそれ捉えるかによって、その企業の未来を占わせる費用項目で、仕方なく使わなければならない「コスト」と考えるか
「強み」の源泉である「投資」と考えるかによって将来のあり様は決められて行くでしょう。

先に述べたようにトヨタは、従業員の「知識(智恵)」と「活力」を活用することで英語にもなった「カイゼン」の実現させて世界のトップ企業に
のし上がりました。松下幸之助さんは、全ての人を「わが師」であるとして「衆知」を集めてそれらを己の骨肉に化して「経営の神様」になりました。

アメリカのGEの従業員は、ジャック・ウェルチの「ワーク・アウト」というメソッド(経営手法)に参加して「自分の手足だけでなく、はじめて
頭を活用してもらった。」とコメントしています。「ワーク・アウト」とは、現場に埋もれている問題解決の知識を掘り起こして課題解決するもので、同社に少なからずの利益をもたらしました。

ひつこく何回も繰り返していますが「人」は「最大の経営資源」であるので、さらなる「生涯学習」という「環境投資」を行うことで資産価値の増
大をはかることが可能となります。
これによって、収益の増大および生産性の向上が実現されるとともに、従業員の「生き甲斐」をももたらす基本施策ともなります。
「人件費」という総論から、社員の「やる気」にかかわる「報酬」と「管理」についての関係を考察して行きます。また、ドラッガーの言葉を少し長くなりますが引用します。
まず前提として「組織は人の集合である。人には、それぞれの理想、目的、欲求、ニーズがある。メンバーの欲求やニーズを満たさなければならない。この個人の欲求を満たすものこそ『賞や罰』である。」「『賞や罰』こそ、組織の目的、価値観、そして自らの位置づけと役割を教えるものである。」

すこし引用を続けます「奨励、抑止の機能を持つ賞罰は『報酬』のような定量的なものもあるが、欲求に応えるための環境は定量的ではない。」

「環境」とは少し分かりにくい概念ですが「地位」「担当部署」「労働環境」「人的環境」などで「重役の個室」などは、まさに環境です。
技術者の能力を発揮できる「仕事」なども、定量化できない「環境」です。

人にはそれぞれ異なる「理想、目的、欲求、ニーズ」があり、さらにそれらは情況が変化するとそれに応じてそのあり方は変化もします。
マネジメントは、それぞれの個性としての個人の欲求等を知悉したうえで「組織の目的(ミッション)、価値観(バリュー)」が実現されるように
導こうとするもので、それがドラッガーの言うところ「管理」です。

少し飛躍していますが、ホンダの成長期の有様でその雰囲気を見てみます。最初に提言させていただきます。「人より秀でようとするならば、人とは
違うことを目指し、行わなければ、適えられることはありません。」これは、ホンダの創業者であったヒューマニストだった本田さんとロマン
チストだった藤沢さんの「考え方」だと考えられます。

ホンダの生命線は「技術」です。それも、ソニーがそうだったように誰もがまだ挑戦しなかったような独創の技術です。
因みに、ホンダのフィロソフィーは「人間尊重1.自立2.平等3.信頼」「三つの喜び1.買う喜び2.売る喜び3.創る喜び」で総括するとキャッチ・コピーの「パワー・オブ・ドリーム(夢の力)」となります。

優良企業といえども、トヨタもそんな時期があったのですがホンダも成長期の昭和29年には倒産の危機がありました。
その時期を切り抜けて、自社も近代化をはからなければならないということで、講師を招いて活発に学習や研修を実施しました。

そんな折に副社長の藤沢さんは「非常に有意義だったと思います。みなさん、それをよく整理して考えてみてください。しかし、さきほどの講師の
方に説に私は納得はしていないんですよ。」と言うのです。
何故なら「本田宗一郎」の強みである「技術」を活かそうとするなら、過去の事例である学者の学説を丸呑みする気などなかったからなのでしょう。

「組織」も、管理の源泉である「給与体系」も「勤務評定」もホンダの現状や目標に合うようにすべてを従業員を巻き込んで改変してゆきました。
ちょうどその頃は組合も設立されており、みんなを制度づくりに参画させて納得できる形で創り上げて行きました。評価される側の人間の意見も、多く籠められてでき上がったと言えます。

でき上がったのが、ホンダらしい「エキスパート」の能力を認めるものでその雰囲気が、全社的にできてきたのだそうです。
ただし、おもしろいのは「エキスパート」を「マネジャー(班長)」にしたらよいかと言えば、そうでないという意見が大勢であったことも興味が
惹かれます。

ホンダでは「管理」のツールである「賞・罰」をも、最も理解してもらわなければならない「従業の参画」をもって作成されていったようです。
それとは異なり技術者が研究に没頭できる「本田技術研究所」は、藤沢さんの強硬な提案のもとで設立されました。これは、非凡な本田宗一郎が亡き後でも平凡な技術者の総力で独創的な技術の開発を実現させようと考えたからです。

藤沢さんは「ピラミッド組織」を嫌いました。
「ピラミッド組織」を吟味せず採用したのでは、現場を知悉し活躍するスペシャリストの「働き」が、現場を知らない管理者や過去を良しとするオ
ールド・ボーイに疎外されて「コスト・ロス」だけが発生して「効用」など生れないからと考えてのことです。

「何故なのかを必死で考える」から「何故なのかのヒントをつかむ」ことができそうです。
「分かれば」それが「知識」であり「力」となり、そこから「革新性」と「創造性」が生まれ出るのではと考える次第なのですが。